「The Biology of Cancer」日本語翻訳版の紹介


本書は平成21年度日本翻訳出版文化賞を受賞しました。

訳者より日本語版の読者へ

  ワインバーグ博士の原著の序言ならびに、この日本語版への序言にも述べられているように、本書は研究の第一線で活躍しているがん研究者、 生物医学系や関連学科の大学院生、 学部生、 医学部生、それに現場の臨床医などを念頭に置いて書かれている。
がん研究の過去30年余の分子生物学的発展を統合したこれほど包括的な教科書は殆ど見当たらない。 更に、この本は複数著者による分担執筆ではなく、この分野の研究において常に極めて重要な貢献をし続けてきた原著者が単独で書き上げたという点においても、 これまでに無かったタイプのユニークな教科書である。
もちろん原著者が多くの人々から情報や資料を収集したことは原著の序文や謝辞に掲載されている協力者の人数からも明らかだが、 この書の全体を通してワインバーグ博士の一貫した視点、哲学とも呼べる考え方が随所に現れている。
訳者武藤がこの教科書の和訳を行うことになったのは、 ある論文に掲載した図版を原著者から転載させて欲しいと依頼されたことがきっかけである。翻訳を引き受けた後に知ったことだが、 原著は原稿段階で米国の主要な二つの大学院で約一年間教材として用いられ 、そのフィードバックに基づいて書き直された。別個にこの研究分野の数人の専門家が読み通してコメントをした事は言うまでもない。出版された原著を読んで、その内容の豊かさ、 一貫した論理性、完成度の高さと、がん克服への強い情熱に裏付けられた、将来の研究に対する洞察の深さに私達は大変感銘を受け、この本を和訳する機会を得たことを大変名誉に思っている。
本書の和訳に当たってはこのような事情と経緯の故に、多数の訳者による分担作業を敢えて避け、原著のテキストの字面だけでなく、行間のニュアンスも精確に伝えたいとの強い思いを同じく する二人が、互いにテキスト全ての和訳に直接携わる形で進めており、細部にいたるまで極力一貫性を持たせたつもりである。
ワインバーグ博士からは、どんな些細なことでも不明の点は必ず問い 合わせてくれるようにと依頼を受け、翻訳の過程で何度も、計200カ所に及ぶ疑問について問い合わせ、確認させて頂いた。それらは、原著の誤植や 英語慣用句の用法から、専門用語の用法、 最近の知見との照合など多岐に渡っており、懇切丁寧な指示と確認を受けることができた。博士にこの点、あらためて感謝の意を表したい。また、この日本語版のために特別に序文を頂いたことも、 読者と共に喜び感謝したい。

武藤 誠・青木 正博


 *正誤表(2011年5月24日更新)