研究内容

 (1)大腸がん幹細胞スフェロイド培養とPatient-derived spheroid xenograft (PDSX)モデルを用いた新個別化治療開発

 遺伝子改変マウスを用いた研究は様々な疾患のメカニズム解明に貢献してきました。しかしヒト大腸癌では様々な遺伝子変異やエピジェネティック変異が長い時間をかけて蓄積しており、それらを全て遺伝子操作で再現するのは現実的ではありません。一方ヒト大腸がんから樹立された細胞株はin vitro実験で広く用いられていますが、様々な性質を持つ実際の大腸がんを代表するモデルとしては不完全です。そこで近年はがん患者から摘出したがん組織を免疫不全マウスに移植するPatient-derived xenograft (PDX)が盛んに行われおり、個別化医療(personalized medicine)を実現するための重要な研究手法となってきています。加えて、がん患者由来のがん細胞をin vitroで培養する技術も確立されており、これらの手法を用いて個別のがんに有効な治療薬を探し出すことも可能になってきています。

 外科手術で摘出した組織からがん細胞を分離し、培養することは長年困難とされてきましたが、近年マトリゲルを使用した立体培養法が確立されました。 しかし多種多様の化合物や増殖因子を添加した複雑な培養液と、特殊な技術を必要とするため、安価な医療サービスとして提供するのは未だ困難です。本研究室では正常幹細胞をスフェロイド培養する技術(Miyoshi and Stappenbeck. 2013, VanDussen et al. 2016)を応用して、患者由来の大腸がんおよび隣接する正常組織から、上皮スフェロイドを効率的に培養・保存することに成功しました(Miyoshi et al. 2018)。さらに体外で培養したがん幹細胞スフェロイドを免疫不全マウスに移植することによって直接がん組織を移植するPDXと同様の性質を持った移植がんを作出し、これをPatient-derived spheroid xenogfart (PDSX)と名付けました(Maekawa et al. 2018)。PDSXはPDXと比較して樹立までの期間が短く、移植がんの大きさにばらつきが少ないため精度の高い投薬試験を行うことができます。実際に、PDSXでの抗がん剤の効果と患者の治療成績はほぼ一致することがわかりました(後向き試験)。また、患者由来大腸がんスフェロイドから抽出した高品質なDNAを用いて、免疫チェックポイント阻害薬が有効なマイクロサテライト不安定型の大腸がんを正確に診断することができるようになりました(Yamaura et al. 2018)。

 今後、がんスフェロイド培養とPDSXモデルのそれぞれの長所を生かして大腸がん患者に対する個別化治療の実現を目指します。


 (2) 大腸がんにおけるTrioタンパク質リン酸化を指標とした浸潤・転移の予後予測診断薬と治療法の開発

 私たちは転写抑制因子の一つであるAES (Amino-terminal enhancer of split)の発現量が大腸がん細胞で低下することによってNotchシグナルが活性化し (Sonoshita et al. 2011)、さらにNotchシグナル伝達の下流でタンパク質リン酸化酵素の一つであるAblが活性化することによってがんの浸潤が促進されることを報告しました (Sonoshita et al. 2015)。 AblはTrioというタンパク質をリン酸化し、Trioが低分子量Gタンパク質の一つであるRhoを活性化することによりがん細胞の運動性が亢進すると考えられます(図1)。 この研究で私たちが同定したTrioのチロシンリン酸化(pY2681)をヒト大腸がんで検出したところ、がん組織でリン酸化が陽性であった患者の予後が陰性の患者に比べて悪いことが分かりました(図2)。よってリン酸化Trioは大腸がん患者の予後を予測するためのバイオマーカーになる可能性があります。

図1図2